走・快・ひ・ろ・ば

健康ランニングを満喫する方からの投稿を紹介します


■ 市民ジョギング教室に参加した皆さんからの寄稿 

 ■市民ジョギング教室に入会して 金沢市:西尾能布子さん
 ■走り始めた一年を返り見て 金沢市:桶谷来子さん(65才)
 ■Tさん、いつもありがとう 金沢市:斎藤和美さん
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『走快ひろば』は、当会の行事に参加された皆さんのページです。投稿要領


市民ジョギング教室に入会して

金沢市:西尾能布子さん

 長年の勤務生活から、ライフスタイルが変化した環境で今から青春をと思い、まず水泳、テニスにと取り組みましたが、要(かなめ)の足腰がふらついては、ものになりません。
 正しい歩き方、走り方、ストレッチ等、本で読んでいてもいざ実践となると、ついおっくうになり長続き出来ず、これではいけないと思っていた矢先、友人に誘われるまま軽い気持で1月からの教室に入会いたしました。
 初日は歩き方の理論から始まり、いざ実践。歩行を交えたジョギングに、やや緊張感あり、形にとらわれて硬くなっていましたが、ここ数回通い続けることによって新しい発見がありました。自分がこれだけ出来るようになった喜びと、それにもまして体調が軽快になり食事も美味しく、とても気分が良くなっていることです。
 ゆっくりと長く走り続けることは体力と根気も必要ですが、その空間だけが無になる事が出来る唯一の時でもあるように思えました。
 全てのスポーツをするにあたって、まず足が基本、気持ち良くゆっくりと走ることをモットーに、これからも走り続けたいです。
 そして近い将来には10qを完走出来る私を想像しながら夢と希望を持って目標に向かって一歩づつ前進して行きたいと思っています。
 にこやかに、さわやかに、キラキラと輝く人生にがんばろうと!

走快20号(2001年3月)掲載


走り始めた一年を返り見て

金沢市:桶谷来子さん(65才)

 昨年の一月は正座も階段の昇り降りもままならず、足を投げ出しさすりながらの毎日でした。平成6年右足指の付根にひびが入り半年通院。平成7年12月ちょっとの油断と不注意から左足膝強打で又通院が始まり、家の中でさえ動くのがいやになっていました。
 春先になって痛みも和らぎ気持ちは春だとけしかけているのに、体は一向に動く気配をみせずイライラの日々、その時目に入った新聞の活字『天野先生のジョギング教室3ヵ月』でした。
 そうだこれだ無理してでも通って足と体と精神を鍛えなければ、思い立ったら吉日。3ヵ月頑張ろう毎日のメニュー片手に早くこなそうと足の痛みも忘れ無中でした。
 ああメニューが終わったとほっとしたのも束の間、『二枚目のメニューがありますよ』と先生がおっしゃられた時は少し迷いましたが、もう3ヵ月走ってみようと気持ちを立て直して。
 でも9月には風邪でダウン。起き上がれなくなり20日余りぶらぶらして感じた事は、走りたいメニューが残っていることでした。その時『どうしたの皆心配しています。早く出ていらっしゃい』と一緒に入会した方からのお電話でした。うれしくて涙が出ました。

 もう居ても立ってもいられなくなり体育館へ。走るってことが太陽の様に大きく温かく楽しく体の一部に根付いていたのです。
 4月に3.5km、7月に5km走らせて頂き、10月10日の1時間走に10km走れた時は、『やった』。私も10km走れたので嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。次は来月の市民マラソン10kmを走りたい、走ってみたい。すぐ体育館で用紙を頂き、どきどきしながら10kmと記入。
 さあ大変、日曜日の朝10kmコースを走ってみた。1時間でちょっときつい。練習しかない。次の朝から雨が降っていない限り40〜50分走る。最初は45分を過ぎると苦しくて、もうだめだ、もうだめだ、と言いながら走り続けた。何時の間にか言葉を出さずに家迄走り着ける様になる。
 大丈夫だ何とか走れるぞと思っていた矢先、先生からねんりんピックに行きませんかのおさそいをいただく。急に宮崎県迄走りに行けるなんて夢のようでした。ジョギング教室にお世話になって、たったの半年なのに皆さんより先に行かせていただき申訳ないやら有難いやら複雑な思いでいっぱいでした。
 7月の夜通し歩こう会、8月の口もまわらぬトライアスロン・ボランティア初体験。めまぐるしい1年でした。恵まれた1年でした。
 優しく皆さんを見守ってくださる天野先生。すくすくと育つ子供のように明るく楽しく走っていられるレディス会員の皆様、言葉に布をかけることの知らない田舎者ですが元気なうちは走りたいと思いますのでお仲間に入れて下さいよろしくおねがい致します。
 1年間を振り返り、幸せいっぱいです。 2月2日65才
 せせらぎにみせられそうと足を出す

【参考】桶谷さんは、全国ねんりんピック大会に、5kmの部で5位に入賞、気を吐く。

走快16号(1997年3月)掲載


Tさん、いつもありがとう

金沢市:斎藤和美さん

 心身ともに疲れてしまい30年間続けてきた仕事にピリオドを打とうとしていた時、友人のTさんから「これからは時間があるんだから走りにおいでよ。」と誘われた。Tさんとは高校以来、親しくおつきあいをさせて頂いており、ランナー歴20年のベテランである。

 4月、ジョギング教室に入講。先生から頂いたプログラムを順番どうりに、きっちりとこなさないと気がすまない私に「自分の体調と相談しながらやればいいよ。睡眠不足の時もあるし、風邪気味の時もあるし、あんたは真面目すぎる。それじゃ長続きせんよ」とTさんは言う。「ねばならない症候群」の私は目から鱗である。

 7月、ようやく走ることに慣れ、走り終えた後の爽快感を味わえるようになる。それでもトコトコと走るというよりは早足という感じ。右側を若鮎のようにスイスイと走り抜ける人達をうらやましく思う。「もうすこし、速く走りたいわ」と言うと、「あんた、選手になるわけやなし、少しくらい速く走れたって大差ないわ。それよりゆっくり走っている人達の後について走って行けばいいのよ。気がついたら結構な距離になっとるから」とTさんは自分のカウンターを貸してくれた。さっそく実行する。なるほど7q走れるようになっていた。

 10月、初めてロードの大会に出場する。その数日前、「外は体育館とちがって風はあるし、道もデコボコしとるから、1回家の近くでいいから外を走ってみたらいいよ」とアドバイス。ついでに初レースの私に「スタートしたらその気になって、みんなについて行ったら駄目やよ。最後の方から行けばいいからね」と言う。その言葉どうり、ゆっくりスタート。"マイペース、マイペース"と呟きながら犀川の河川敷を走る。時折吹いてくる風も道の段差も何のその。「やっぱり外を1回走っておいて良かったわ」と思っているうちに残り1qの地点。そこにTさんが待っていた。
彼女も走るスタイルで「ちょっとジョギングがてら家から来てみたわ」とさりげない。
ゴールまでの1qを伴走してくれた。

 そして1年が過ぎた頃「あんた、この頃走っている姿も元気そうやね。電話の声も一オクターブ高くなっとるよ」と言われた。更年期障害で「やる気」が出ない私に、よい漢方薬があるからと世話してくれ(Tさんは薬剤師でもある)、それを飲むようになったおかげでもあるが週2回のジョギングが、今の私には何よりの元気の素である。ジョギングを始めて2年が経つが、心配性の私は積極的に大会に出ることができない。そんな時もTさんは「この前は2時間走に挑戦したんやから、次は20q走れるよ」と後から背中をポンと押してくれる。数々のアドバイスや励ましの言葉、さりげない一言がいつも私に元気を与えてくれる。友達って本当に有難いです。
 Tさん、これからもよろしく

走快21号(2002年3月)掲載





【編集部注】このページでは、市民ジョギング教室に参加いただいた方の寄稿の中から紹介しています。

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