金沢中央走ろう会/走快あらかると
金沢中央走ろう会の創設者(2007年3月まで代表)

天野 耕兵衛 さん


ニューヨークマラソン
走り始めて40年。イベントやクラブを通じて、地域の健康ラン、生涯ランの普及に尽力されました。
【プロフィール】
50歳:中学校教師から教育委員会への転勤を機にランニングを開始。
1975年:走る爽快感、楽しみを多くの仲間に伝えるため、金沢中央走ろう会を創設。さらにより広範囲にランニングを伝えるため高齢者・女性向けなどのランニングクラブを開設。
1980年:60歳定年後は、主婦向け、勤労者向けのジョギング教室を開始。生涯スポーツの普及活動を広げている。
1981年:ゆっくり長く走る、『マラソンに挑戦する会』を開催。この手作りの大会は2011年で30回を数える。
2000年:RUNNERS AWARD 第13回ランナーズ賞を受賞
2006年:第1回日本スポーツグランプリを受賞
ホノルルマラソン:60歳の退職記念でホノルルマラソンに出場。以来24年連続で参加。引率した会員・地域のランナーは410名にのぼる。
生年:大正10年(1921年) ※2011年8月、90歳で永眠されました。


機関誌『走快』21号掲載(2002年3月発行)
タートル(海亀)ランに徹して −80歳代のランニング−

天野 耕兵衛

 2002年1月で81歳となった。
 4〜5歳の頃、祖母が「耕兵衛は首が細いので長生きできるかな」と心配していた。小学校の低学年では、虚弱児と診断されて、人工太陽の照射をうけた。それでも外で遊ぶことは好きだった。4年生頃から、毎日のようにお宮さんの境内で、野球を楽しんだ。冬になると学校へいって、床の上のコートで、ピンポンをやった。小学校の高等科では、2か年間野球部に入り、郡内の大会にも出た。
 夏休みは、毎日のように、袖ケ浜で海水浴をして真黒になった。
 師範学校で、甲子園を目指して野球をやろうと意気込んだが、戦争前で、外来スポーツは禁止となり、やむなく剣道部へ入る。1年生で、肺門淋巴腺炎で部活停止。2年の秋に、腸チフスにかかり、生死の境をさまよう。ようやく、生まれて以来の病魔と決別する。
 3か年の部活動(剣道)で体力をとりもどし、2段となり、県大会で9人抜きのはなれ業をやり、すっかり健康となった。
 軍隊では、軍医から「糖尿病になるぞ」とおどされた。ひきしまらない肉体をしていたのだろう。4年間の鍛えられたお陰か、45歳頃まで、無病、無欠勤で、激務に耐えられた。
その頃、ドックで健診をうけると「高脂血症です。コレステロール値が高い、若死にするよ」と警告をうける。
 50歳で教育現場から行政の仕事にかわって、2週間ほどたったある時.「からだがなんとなくおかしい。これが運動不足病か」と思い、走り始めた。10分も続けて走れないのに、がく然とした。
2003/12 アロハタワーの前で
 そんな私が10年間毎日走って、退職記念に、ホノルルマラソンに参加した。以来21年間連続参加している。
 体力の変化を確かめるために、ホノルルマラソンの所要タイムを記す。
60歳 3時間42分19秒(20位)
61歳 3:33:58(10位)
62歳 3:40:45(12位)
63歳 3:51:05(19位)
64歳 3:52:09(15位)
65歳 4:06:18( 8位)
66歳 4:49:05(20位)(小学生に伴走して遅くなる)
67歳 4:12:58(11位)
68歳 (腰痛で走れず)
69歳 4:29:14
70歳以降は、5時間30分から6時間58分までと、記録の低下は著しい。

 70歳のときに「80歳まではランニングあとはウォーキングかな」と考えていたが、70歳をすぎると、長く走り通すことはむつかしく、ウォーキングの時間が多くなる。
 80歳の昨年は、坐骨神経痛を発症していたので、スタートから、歩と走を併用していたが、ハーフ地点(3時間半)で医療関係者から、右足の具合がよくないことを指摘されて”大丈夫かいね”と声をかけられて、リタイヤした。
 60歳台、70歳台、そして80歳台と、体力が大きく落ちることを知った。
 80歳で年間走った日数は183日、走行距離1112km、ロードレースに2回参加、共に5kmで、41分46秒と45分43秒(あとのタイムは、レース中に倒れたランナーを介護していたため少し長くなる)。
 61歳で21分台で走ったことが夢のようだ。79歳では35分前後で走ったことを思うと、体力、気力が衰えていることを痛感しているが、無理をしないで、ランニングを楽しむというのは、80歳の智恵なのかとも思う。


80歳台で気をつけていること

京都ハーフマラソン


1.ランニング

(1) ジョギングに徹すること
 心拍数は130〜140/分をこえないこと。
(2) ウォーキングを多くする。はじめ、中程、おわりに必ず入れること。
(3) スピードトレーニングはなるべくしない、早く走ろうと、思わないこと、ゆっくりと長く走ること。
 どうしてもしたいときは50〜60mを限度にして、数回でとめる。
(4) ウォーミングアップとクーリングダウンに十分な時間をとる。

2.筋力トレーニング
 アメリカのスポーツ医学会は、有酸素運動の外に、”筋力トレーニング”をしっかり実施するよう勧告している。
 私は、10年来、次のように筋力トレーニングをやっている。

(1) 腹筋運動
 毎朝、眼がさめると,ふとんの中で、すぐ心拍数を1分間測る。最近は56拍あたりが一番多い。時には63拍ということもある。心臓の力も衰えが見えてきた。
 そのあと、両膝を思い切り伸ばし(約15秒)、次に片方の脚をかかえ込んで曲げる。15秒位で足をかえる。
 そのあと、かけ布団を巻いて、足の方に下げて、両膝を曲げて、両手を体側につけて、上体を45度位の角度までおこし、すぐ元の姿勢にもどる。背をつけないで、再び起こす。リズミカルに連続して行なう。上半身が重く感ずるようになってきたら、休みを入れる。30秒もすれば再びやれるようになる。初めやった回数の半分位はできる。このようにして、回数をふやしていく。私は、今では100回は連続してやれる日もある。この回数で、体調を確かめる。
 腰痛の予防や治療に役立つ。

(2) 腕立て伏せ

 女性や高齢者は、膝をつけた姿勢でやった方がよい。
 はじめは10回しかできなくても、数秒ひと息入れると、はじめの半分位はできるので、少しずつ、しつこく挑戦してほしい。私は、今は100回連続して、一気にやれる。50回連続してやれるようになると腕、背、胸、肩の筋力がつき、血行もよくなるので、肩こりの予防や治療に役立つ。

(3) もも上げ

 体育館のトレーニングで、歩行をしながら”もも上げ”を100歩ほどする。70歳の頃、時折り転んだことがあったが、”もも上げ”の筋力トレーニングを始めたら、転倒がなくなった。
 高齢者になると、ももが上がらないために歩幅が小さくなってくるので走力が落ちてくるといわれる。

(4) スクワット

 両脚を軽く左右に開いて、ゆっくり膝を深く曲げて、もも水平にしたあと、さっと膝を伸ばして立つ。
 70歳をすぎると、ももの後の筋肉(大たい2頭筋)が萎縮して、膝が十分に伸びなくなり、前かがみの姿勢になって、座骨神経痛を発症することにつながる。ランニングの姿勢も前かがみになって、膝が十分にあがらず、歩幅も小さくなる。
 私は、週2回、ランニングのトレーニングをしない。その日は、夜の入浴後に4sのダンベルを両手にして、25〜30回スクワットをやっている。

(5) 伸膝の脚あげ

 平坦な場所に腰を下し、両手を後方について、上体を少し後方に倒して、片方の膝をまげて、他の伸びている足を伸ばしたまま、上にあげる。足先きを肩の高さまで上げる。10回あて、左右交代して、何セットかやる。太ももの筋肉(大腿四頭筋)がはってくるのが、はっきりとわかる。膝痛の予防や治療に役立つ。クーリングダウンのときに、帯状のウェートをつけてやっている。

 70歳代に入ると、急激に筋力が衰えてくる。ランニングによる心肺機能の強化だけでなく、筋力つくりにも、工夫と努力を重ねてほしい。”貯金より貯筋”

3.水分をこわけにして十分とること
 就寝時間中に、排尿にいく回数が増えるので、水分を十分にとらないようにする傾向があるが、水分の不足で、血液が濃くなって、各器官の働きをにぶくする心配があるので、トレーニングのあとや、就寝の前、排尿の後、入浴の前後などに水を飲む。
 ランニングをしている人は、水分を多く飲んでも、排尿の回数は少ない。

奥卯辰山サマーランニング

4.食事
 (1) 3食をきちんととる.
 (2) 量を少な目にする。特に糖質を。
 (3) 脂肪分を少なくする.
 (4) よく噛む、食事の時間を長く。
 (5) 間食をしない。
 (6) 果物を食後にとる。牛乳を飲む。

5.睡眠
 (1) 運動をするとぐっすりとねむれる。
 (2) 短い午睡もよい。
 (3) 頭寒足熱。

おわりに
夢と希望をもって、具体的な目標を立てて継続する。
仲間を大切にしたい。グループに参加。

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